グランヴィル 花の幻想より「タチアオイ」
フランスの挿絵画家 J. J. グランヴィルによる「花の幻想」からの一枚です。花たちが、人の姿になって人間の世界に出たいと花の妖精に訴えました。そうして、人間が花々に与えた性格が、果たして真実なのか自分たちで確かめたいと言うのです。花たちが見事に擬人化された絵とともに物語が始まります。
タチアオイはカプチン会修道院の看護士になりました。なぜなら、彼女の生きがいは病人の世話をすることだったからです。ここにも、暑さにやられたカエルとバッタを優しく看病する姿がありますが、背後にはどこか怪しい老婆やなにやら煙が立ち上る器なども描かれています。
タチアオイの属名 "Althaea" は古代ギリシャ語の「治療」を意味する語が元になっており、当時から高い薬効で珍重されて来ました。しかし、古代ローマの博物学者大プリニウスの著作には少々魔法めいた使用法の記述もあり、どうやら古くから魔法の薬でもあったようなのです。
グランヴィルは花にまつわる物語を傾聴し、心を込めて花を観察したのでしょう。そして本当にその花にふさわしい人の姿を与えました。この一枚を見ていても、そのことが味わい深く感じられます。
先ほど挿絵画家と申しましたが、この花の幻想はグランヴィルの絵が先にあり、友人タクシル・ドロールが後から物語を添えました。このことからも、彼の絵がいかに物語性溢れるものであるかがわかります。40代半ばで亡くなったグランヴィルの晩年は決して幸せなものではなく、もとは世相の辛辣な風刺を得意とした彼の画風は次第に幻想的なものになっていきました。辛い人生の中で、花の世界に現実を離れた幻を見ていたのかもしれません。本書は彼が死去した1847年にパリで出版され、遺作となりました。
より繊細な線を求めて硬い鋼に彫った鋼版に手彩色を施しています。版画、手彩色の技術でもピークにある作品のひとつだと思います。
サイズは約16.8×26.7センチです。
古いものですので切れや傷み、シミや汚れがあります。