葡萄色の祈祷書
瑞々しい葡萄のような紫のベルベットの祈祷書です。そして、このベルベットとともに目を引くのが表紙に飾られた金属の十字架で、それは珍しいアサガオが絡みつく意匠になっています。キリスト教では、アサガオは朝に咲き夕べには萎むことから生命が有限であることを表し、一輪の花がひとりの人の生命であると考えられていました。
19世紀当時、所有者が製本業者にオリジナルの装丁を依頼するというのは特別なことではありませんでした。かつての持ち主は、生死という人生の不変にして本質的な事柄を、花に形を変えて祈祷書の表紙に置きたかったのかもしれません。
本を開くと、優しい微笑みが見る人を包み込むような聖母子像、そして鮮やかな多色刷りの可憐な天使が迎えてくれます。そして本編1ページ目に、聖母子像のホーリーカードが挟み込まれていました。これはどちらかにお参りした際の記念でしょう。さらに、48ページと49ページに十字架上のキリストの彩色図版が挟まれていますが、これはどこかの牧師館へ50ペニヒ(半マルク)を寄付したお礼だったようです。ちょっとした記念なのでしょうが、雰囲気のある図像になっています。
このように、表紙のアサガオに導かれて、かつての持ち主の人生の欠片をたどるような祈祷書です。
1870年10月27日、ドイツ、マインツの記載がありますから、当地でこの頃に出版、製本されたものと思われます。こちらは活版印刷の発明者グーテンベルクの生誕の地であり、大司教の司教座聖堂の所在地でしたから、古くから印刷も盛んな土地だったのでしょう。
サイズは約7.5×11センチ、厚さは約3センチです。
古いものですので表紙、中身ともに傷、しみ、汚れがあり、扉をカバーした薄紙に切れがありますが、留め金は機能し、時代の割りにはよい状態です。