ガラス瓶の中にトンボが三点入っています。褪せたコルクの栓、しみの浮いた手書きのラベル、そして標本も、全てが古寂びていますが、これは、いつか何処かで誰かが作った標本です。
このトンボは「アオイトトンボ」"Coenagrion puella" で、英語では「アズールブルーのイトトンボ 」と呼ばれます。時の流れで退色して鮮やかな色ではありませんが、往時のブルーと羽の虹の光沢が少し残っています。
採集地はイギリス、バーレイムーアの沼地だそうで、ムーアは古い言葉で原野を指しますから、一面ヒースに覆われた原野の湿地にでもいたのでしょうか。
ラベルにある「8. 7. 59」が日付だとすれば、1859年7月8日に捕獲した可能性もあります。遠い昔、夏のイングランド、見渡す限り岩とヒースの原野を歩き回り、低い窪地で補虫網を振るう人がいたのかもしれません。
古いトンボの標本と添えられた手書きのラベルを手にしていると、そこがどこであれ、夏の陽光、草の香り、吹き渡る風、土を踏む人の足音、さあトンボをめがけて網を振るおうとする一瞬の静寂、そんな光と空気、音や気配がよみがえってきます。

前述の数字が日付ではないとしても20世紀初めの頃までのイギリス製と推測されます。
サイズはガラス瓶の全長が約6センチです。
トンボは標本処理済みと思われますので、今後、異常に温度、湿度の高い状態に置かなければ腐敗などの心配はありません。しかし、古いものですので標本の一点はかなり崩壊しており、他の標本およびガラス瓶にも劣化や変色などがあります。