ガラス瓶の中にトンボが一点入っています。褪せたコルクの栓、しみの浮いた手書きのラベル、そして標本も、全てが古寂びていますが、これは、いつか何処かで誰かが作った標本です。このトンボは「マンシュウイトトンボ」"Ischnura elegans elegans" で、退色などはありますが羽には虹色の光沢が見られます。
採集地はイギリス、バークシャーのキングスミア "Kingsmere" で、ミア "mere" は古い言葉で湖沼を指しますから、池の辺りの草むらにでもいたのでしょうか。
ラベルにある "P. BRIGHT" は製作者の名前で、その次にある「13. 7. 59」が日付だとすれば、1859年7月13日に捕獲した可能性もあります。遠い昔、夏のイングランドの草いきれの中、補虫網を振るう人がいたのかもしれません。
古いトンボの標本と添えられた手書きのラベルを手にしていると、そこがどこであれ、夏の陽光、草の香り、吹き渡る風、土を踏む人の足音、さあトンボをめがけて網を振るおうとする一瞬の静寂、そんな光と空気、音や気配がよみがえってきます。

前述の数字が日付ではないとしても20世紀初めの頃までのイギリス製と推測されます。
サイズはガラス瓶の全長が約6センチです。
トンボは標本処理済みと思われますので、今後、異常に温度、湿度の高い状態に置かなければ腐敗などの心配はありません。しかし、古いものですので標本およびガラス瓶に劣化、変色などがあります。