姉と弟のモーニングブローチ
金色のケースに亜麻色とプラチナブロンドの毛髪がセットされたブローチです。金糸、銀糸を使って綺麗に束ねられ、そのコントラストも美しいのですが、この髪の持ち主は姉と弟です。それでは、このふたりにまつわる古い物語を紐解いてみたいと思います。
まず、ブローチの裏に刻まれた英文を読んでみましょう。"In Memory of"「(ふたりの)思い出に」という書き出しの後、この毛髪は1833年7月23日に17歳で亡くなったジュリア・ブロードと、1833年8月6日に10歳で亡くなったジョージ・スティーブン・ブロードのものであると記されています。つまり、この姉と弟は19世紀の前半、ヴィクトリア朝が始まる数年前にひと月も間を置かずに亡くなっているのです。
さて、実は、このブローチを扱ったイギリスのディーラーもこの銘文に興味を覚えて調査をしました。本人は「ちょっとした調査」と言っていますが、どうして、なかなかのものです。
それによりますと、姉ジュリアは、1815年12月にイギリス、ブリストルで生まれています。洗礼を受けた教会もわかっていますので、そちらに関連する記録から調べたのでしょう。同じく、弟の ジョージは1823年1月にランカシャーのワードルワースで生まれました。そして、ふたりとも1833年にランカシャーで亡くなり、相次いで命を落とした原因は伝染病によるものだそうです。
若くして亡くなったふたりが、特に姉の後を追うように亡くなった幼い弟が寂しい思いをしないように、ふたりの遺髪をひとつにしたのでしょう。そう思うと仲のよい姉弟だったのかもしれません。残念ながらどちらの髪がどちらのものか特定することはできなかったようです。
ケースは19世紀の前半、金の代用品として人気があったピンチベックか真鍮と思われ、そこに前述の内容が流麗な文字で彫り込まれています。そこからも、遺された方々の去ってしまった人たちのことを決して忘れないという思いが伝わってきます。
そもそも死を悼んで作られるモーニングジュエリーは、亡くなった方、遺された方々の気持ちが滲むお品ではあるのですが、これほどまでにはっきりと、そこに秘められた物語が200年近い時を越えて胸に迫るものは本当に珍しいでしょう。
1833年、ジョージ朝末期のイギリス製で、サイズは約3×2センチです。
古いものですので傷、汚れがあります。