ヴィクトリア朝の涙壺はいかがでしょうか。涙壺は死者や戦地に赴く人を想って流す悲しみの涙を集める為のもので、この習慣は古代ローマ時代から存在しました。
さて、涙を集めたガラスの容器を何に使ったのでしょう。まず、死者を悼む為の副葬品として、また戦地に赴く夫に別れの涙を渡し、それがお守りになったとも言われています。さらに、戦地へ赴いた夫の帰還を待つ間に流した涙を集め、生還した夫にその涙壺を手渡すこともありました。夫が戦死した場合は、中の涙が蒸発して乾いた時に哀しみも癒え、喪に服す期間が終わるとも言われたようです。
古代ローマでは市民に兵役が課せられ、帝国の領土を守るために辺境の地に出征しなければなりませんでした。ヴィクトリア朝のイギリスでも植民地における紛争が度々ありましたから、古代ローマの涙壺を復刻させたのかもしれません。
何れにしても、別離の悲しみを少しでも和らげようとする健気でいじらしい想いが滲むお品です。他に、中の涙は病を癒す霊薬になるとも言われましたが、涙壺に纏わる想いが強いものであるために、このような呪術的な伝説も生まれたのでしょう。
涙壺という文化も興味深いですが、この造形もまた素晴らしいです。細長く自立しない形はひとりで立っていられない人のようで、透明なガラスに金彩がまた儚く美しいです。人が人を想う気持ちが結晶したような涙壺、どのような人の涙が入っていたのでしょうね。

19世紀、ヴィクトリア朝のイギリス製で、蓋も含めた長さは約22.5センチ、幅は最大で約1.5×1.5センチです。
古いものですので、傷、汚れ、金彩の消えがあります。蓋が失われているものも多いのですが、こちらは壺内に差し込む先に若干の欠けがありますが、きちんと蓋が残っています。