カーネーションの祈祷書
これまで多くの祈祷書を扱ってまいりましたが、その中には、かつての持ち主の思い出や祈りの気持ちがこもったものがたくさんありました。そのような数ある祈祷書の中でも、こちらはかつての持ち主たちの気配が未だに漂っているような、これまでで最高の思い出の祈祷書です。
もちろん装丁に施された装飾も特筆すべきもので、ベルベットの表紙の表裏に十字架上のキリストと聖杯、背表紙にはアカンサスの葉が絡まる十字架が、そして未だ金色の輝きを残す縁取りは四隅に十字架と蔦が置かれ、どれも大変手の込んだ意匠で浮き彫りにされています。素材は金属ではなく樹脂などのようで、長らくの使用のために削れている箇所がありますが、それらは古いものならではの雰囲気のある景色になっています。
さて、表紙をめくっていくと、まず筆記体で記した人名、日付けなどが目に入り、これは一番最後の裏表紙付近にも見られます。1860年から1941年まで、途中で筆跡も変わっておりますので、この祈祷書を受け継ぎながら書き継いだものでしょう。この後も、全て筆記体やフラクトゥールのドイツ語なので、解読は断念しておりますが、こちらは記録されたお名前の方がお亡くなりになったか、あるいは聖体拝領などをお受けになった日付け、場所だと思われます。この祈祷書の出版は1882年ですが1860年からの記録があるので、お求めになった後で過去のものも書き留めておかれたのでしょう。
同じところに文言を記した紙が挟んでありましたが、これは祈祷の言葉でしょうか。
そして、この度の命名にも使いましたカーネーションが一輪、挟み込まれています。
それから少し後に、文字を記した封筒に毛髪が納められたものが2点挟み込まれています。この文字は祈りの言葉、毛髪は遺髪かと思われます。
その後にある文字を刺繍したものはしおりでしょうか。さらに糸で作られた紐細工にも、きっと忘れ難い逸話や思い出があるのです。
そして最後の切り抜きは死亡記事でしょう。
このように長い年月に渡る数えきれない逸話、思い出、祈りの気持ちがこの素晴らしい装丁の祈祷書に納められています。どうぞお手元に置いていただき、かつての人々が残した痕跡を味わいながら、一輪のカーネーションとともに時空を超えた旅に出てください。それは、古いものを手にした方だけに許される特別なことなのです。
祈祷書の出版は1882年のドイツで、装丁も同時代と思われます。
サイズは約8.3×16センチ、厚さは約4.3センチです。
古いものですので、前述の表紙の装飾の削れ、剥げの他に、内外に傷、汚れがあります。