黒よりももっと深く闇を思わせるミッドナイトブルーの祈祷書です。
表紙の金属の十字架は、その中央にイエス・キリストの受難を象徴する荊の冠、四隅には聖母マリアとも関係の深いフルール・ド・リスなどを配置して、簡潔でありながらとても意味深い意匠になっています。
中の図版は1ページ大のものは祈りを捧げる女性の1点だけですが、こちらにも本来、祈祷集として編まれたこの本に込められた深い思いが感じられます。
さらにこの本の最初の数ページには、日付とともに手書きで記されたいくつもの記録があります。その始まりは1835年のアルザス、最後は1898年のパリで筆跡も何種類かありますので、60年以上、何人かによって書き継がれたのでしょう。最初のアルザスから終着地のパリという記述も、この祈祷書の持ち主達を少しだけ物語っています。
手書きの筆記体のため内容をはっきりと把握できないのですが、どうやら家族の出生、結婚、死亡に関するもののようです。人生の様々な喜びや悲しみのたびに、この祈祷書を手に祈りを捧げ、その時を記録しながら、受け継がれた書物なのだと思います。
そう考えると、今、この祈祷書自体が、昔々、この世での幸福、天上での安息を祈った人々がいたことを伝える物語であるように思えてきます。

19世紀前半、1835年頃、フランス、リモージュにて出版、装丁されたものと推定されます。
サイズは約8.5×13センチ、厚さは約3センチです。
背表紙の金属のタイトルは失われています。また、古いものですので、ベルベットの擦り切れ、全体の歪みや傷、汚れ、若干の綴じの切れなどがあります。