翼のついた兜をかぶるこの凛々しい横顔はメルキュールですね。英語でマーキュリー、ローマ神話ではメルクリウスあるいはメルキュール、はたまたギリシャ神話のヘルメースとも同一とされ、商人、旅人の守護神です。かく言う弊店の名も、ものを動かし各地を移動するこの神の名からいただいておりますので、生まれてすぐにアポローンの牛50頭を盗み、その後、あれやこれやと言い逃れなどというギリシャ神話で語られる人聞きの悪い話はどうぞ忘れてください。
こちらのお品は印章としては大ぶりで、美しい緋色のカーネリアンに有翼の帽子をかぶった横顔がしっかりと彫られています。
持ち手は金メッキよりずっと層の厚い金張りです。シンプルですが躍動感のある意匠が翼の先をピンと立てた横顔と相まって、生まれてすぐに飛び回り、神々の伝令使とも言われた彼に相応しい印章になっています。この封印が押された手紙は普段よりも速やかに届いたかもしれません。
製作はヴィクトリア朝よりも前のジョージ朝のイギリスで、18世紀の終わりから19世紀初頭と思われます。降り積もる長い長い年月が素材に素晴らしい古色を与え、もはや唯一の深みのある風合いに仕上げられました。彼は単なるスピードスター、トリックスターではなく、世の対立するものがひとつに結びつく合一の象徴でもあり、このお品の佇まいがその秘められた奥深さをも饒舌に物語っています。

サイズは、印章面が約2×2.5センチ、持ち手の高さが約3.3センチです。チェーンは現行品で、長さが約43センチです。
素材については買い付け時の情報により、その後、正式な鑑定はしておりません。
古いものですので傷、汚れがありますが、陰影にかかる大きな傷はありません。