祈祷書「フランスの聖女」
"MISSEL DES SAINTES FEMMES DE FRANCE"「フランスの聖女の祈祷書」と題された本です。外観の深い紺色のシックな革装も素敵ですが、中はそれこそほとんどのページに挿絵が溢れています。
この数多くの挿絵はエリザベス・ソンレルというフランスの画家、イラストレーターの手によるものです。彼女はまさに1900年当時に活躍したアール・ヌーヴォー様式の作家で、その作風は寓意的、象徴主義から神秘主義的とまで形容されています。この祈祷書からは、素晴らしい造形と色彩の感覚、見るものに語りかける豊かな表現が渾渾と湧き出るかのようです。文字のページもそれを囲んで挿絵が描かれており、こちらも見ていて飽きることがありません。
一例を挙げると、聖ブランディーナは177年にリヨンで棄教を拒み、ライオンのいる闘技場に引き出され、杭に縛られました。しかし、ライオンは彼女を襲おうとはせず、足元に寝そべったのです。その時の様子が版画に金彩を含めた手彩色で見事に描かれています。その後、彼女は処刑され、現在はリヨンの守護聖人となっています。
また、聖ジュヌヴィエーヴは5世紀から6世紀のパリの人で、フン族、フランク族からパリを救いました。外敵に包囲され、飢えに苦しむ人々に麦をもたらす様子が、こちらは苦難に立ち向かう毅然とした表情で描かれています。彼女もパリの守護聖人となり、18世紀、彼女に献堂するために建てられた教会が、現在、パリ市内にあるパンテオンです。
他にも数多くの聖女が手彩色の挿絵とともに出てきますが、それではフランスの守護聖人ジャンヌ・ダルクはどうでしょう。神の声を聞く彼女の姿の挿絵とともに採り上げられてはいますが、しかし、"Sainte"「聖」の称号はありません。この祈祷書は、出版年の記載はありませんが売主の情報によると1900年とのことです。彼女が列福されるのは1909年4月18日ですから、この書籍が世に出た時にはまだ聖人ではなかったということなのかもしれません。その代わりということなのでしょうか、ジャンヌ・ダルクの列福を記念するカードが挟み込まれていました。これは、かつての持ち主が1909年当時、彼女に捧げるべくこの本にしのばせたものと思われます。
1900年、トゥールでの出版。製本もその当時のものと思われますが、この装丁も細部に至るまで素晴らしいものです。見返しは精緻な金色の装飾に波のような紋様が浮かぶ布張り、小口は閉じた状態では金色ですが、少しページをずらすとマーブル模様が浮かぶという大変凝った細工です。宗教書とは言いながらアール・ヌーヴォーのエレガントな意匠が隅々にまで施されています。
サイズは約12.5×16センチ、厚さが約2.5センチです。
裏の見返しの綴じに切れが、布に剥がれがあります。他にも若干の傷、汚れがありますが、時代の割には大変よい状態です。