装丁を見た最初の印象は墨染。しかし、もう一度見直すと深緑のベルベットが長い年月を経て生まれた景色だと気づきます。十字架を始め、フルール・ド・リスをモチーフにした金属に鋲を打ち込んだ装飾と相まって、まるでストイックな修道院の扉のようです。
中を開くと、まず素晴らしい手彩色の扉絵に目を奪われます。何種類もの微妙な色調の青、赤、そこに描かれた精緻な金彩の装飾が本当に見事です。他にも表情豊かなよい仕上がりの銅版画が何枚も見られます。
そして2ページから57ページにわたり、植物を挟んだと思われる染みがあります。その一部と思われるものが未だわずかにページに残り、その花弁、茎と思われる形の染みも何箇所か見られます。当時、綺麗な花を摘んだ嬉しさに思わず挟んでしまったのか、イエス様、マリア様にちなむつもりで花を挟んだものか、今となっては知るすべはありません。書籍としては汚れと言うべきものなのでしょうが、これもかつての持ち主の面影を物語る大切な痕跡であり、この祈祷書が今、ここに存在する理由のひとつになのだと思います。

1852年、フランス、トゥールで出版され、装丁もその頃のものと思われます。
サイズは約8×11.5センチ、厚さが約3センチです。
古いものですので前述のベルベットの擦れ、はげの他に内外に切れや汚れ、綴じが緩くなっている箇所もあり、背表紙の金属の文字が欠損しておりますが、図版は時代の割にはよい状態です。