長い年月を経たシルバーが見せる表情は、何ものにも代え難い魅力があります。これまでも古色をまとう銀のお品物を扱って参りましたが、こちらは特に古寂びた美しさを感じさせるお品です。
中央に光を放つ星のようでも十字架のようでもある装飾が彫られ、周りはそれを包み、守るような意匠になっています。裏を返すと楕円のケースのような形になっており、かつてはここに遺影を入れて密かに身につけていたのでしょう。今は遺影もそれを保護するガラスパネルも失われて、そこはかとない空虚だけがそこにあります。
元々は亡くなった方を悼むモーニングジュエリーだったのでしょう。そう思えばこのデザイン、寂びた雰囲気も腑に落ちます。それが時の流れとともに武骨とも言える相貌をまとい、深い翳がさした表情の裏に幾多の記憶を秘めて今ここにあるのです。
どうぞ失われた思い出の唯一の語り部たるこのブローチをお手元において、いつか語られる物語に耳を傾けてはいかがでしょうか。

銀の純度が92.5%のスターリングシルバーの刻印があります。摩耗した部分もありはっきりしませんが、1890年から1899年に、ヴィクトリア朝のイギリス、バーミンガムで検定を受けたようです。ヴィクトリア朝後期は、11年近くも喪に服したヴィクトリア女王の影響を受け、優れたモーニングジュエリーが多く見られます。
サイズは約3×2.5センチで、ガラスパネルは失われていますが、裏面に何かを潜める空間があります。
古いものですので傷、汚れがあります。